文字には全て意味のこもった成り立ちが存在します。文字の元々は動物の形だったり、祈りの儀式に用いられる道具などが語源として含まれているもの。そこまで遡ると、文字が持つ意味以上の深い由来が潜んでいるんです。お店に訪れるお客様には、極力意識して、文字本来の意味と、書体について、また組み合わせとしての熟語の意味合いなどをじっくり説明させていただいています。「(自分の)名前には、そんな意味合いが潜み、成り立っていたのか!」と驚かれ、文字の持つ興味深さを感じてもらえることは多いですね。
もちろん、このように文字の成り立ちから説明をする同業者はほとんどいません。業務の効率化とは全く正反対の行動なので仕方ないですが(笑)。でも、文字を扱うプロである印章作家として、日々、文字についての造詣を深め、お客様に伝えることは、絶対的にすべきことだとも思うんです。ただ、実は私自身、最初からそこまで意識して活動していたわけではありません。この仕事に携われば携わる程、きちんと文字のルーツそのものを辿らなければ、より正確な印章づくりができないと気づいたからなんです。
印章に用いる文字の中には、古代文字である篆(てん)書体にはないものもあるため、作字が必要なこともあります。作字にあたっては、文字の理解が深くなければ、どう構築するかの正確な判断ができない。「もう一本の線を入れるなら、こう入れるしかないだろう!」と、自信を持って文字の形を組み立てられるのは、やはり大きな強みだと考えます。ただ適当に線を加えれば文字としての体(てい)をなすからかまわない、の意識では、それはもはやプロの仕事とは呼べませんよね。
印章は、その人の分身です。彫り上げる文字を一つひとつしっかりと理解したうえで、お客様の性別、年代、雰囲気、どのような印影を求めているのかを掴み、印章づくりに臨みます。一人のつくり手として、ただ見本通りに文字を彫るのと、対象となるお客様を思い浮かべて彫るのとでは、やはりこちらとしても、意識が変わってきます。ただの業務内の作業としての印章づくりを、私たちは行なってはいません。その価値観は、これからもずっと大事にし続けていきたいと考えています。
印章は、その人その人の大切な場面で使われるもの。自らが購入する場合以外にも、親から子に贈る、孫の誕生時に祖父母から贈るなどのケースも多々あります。その子が大人に成長し、贈った家族がたとえ亡くなった後にも、受け継がれた印章を、人生の節目節目で使うたびに、プレゼントしてくれた方からの愛情を感じるはずです。名前を彫る行為には、やはり特別な意味合い、託された想いが秘められています。事務的なゴム印をつくるのと、名前を彫刻するのとは感覚的にも決定的に違うもの。単なる記号としての造詣物では決してないからこそ、こだわりたい気持ちが強いです。