印章に使われる素材は様々。動物系のものから紹介すると、やはり最も有名なのがワシントン条約により輸入規制されている象牙でしょうね。長く使っていくうちに独特の象牙色と称される深みある乳白色へ変化するなど、他の素材にはない特性があります。牛のツノ(水牛、陸牛)も丈夫で変形しづらいため、昔から多くの人に評価されている素材です。動物系で選ばれるのは、この象牙と牛の角がほとんどですが、他にも羊のツノや、カバの歯、マンモスの牙なども扱っています。
木材では櫛などに使われる堅い柘(つげ)材が、最もポピュラーです。他に杉や楓なども用いられますが、柔らかいので人工的に堅くするため圧縮したものが使われます。動物系や木材以外として、カラフルな染色を施したアクリル系やプラスチック系のものもあります。ウチで扱う基準は、手彫りできる素材かそうでないかの点。ですから、金属素材のチタンや、石系の水晶、瑪瑙(メノウ)などは外しています。
価格帯を基準に選ぶ方も多いですが、私たちは、耐久性についての説明を積極的にさせていただいています。若い方の中には「今は安いものを実印登録し、いずれ変更すればいい」と考える方も多いのですが、変更手続きが意外に面倒なことをお教えすると、ランクアップするお客様もいらっしゃいます。ただ、象牙や牛のツノ、柘材などのしっかりした商品は、よほど毎日毎日、何百回も押すような使い方さえしなければ摩耗の差はほとんどありません。一生使うものとしての、きちんとした保管方法も大事なポイントとして説明させてもらっています。
同じ名称の素材であっても、強度やキメの細やかさなどにおいて、かなりの差があり、当然、価格の違いにも反映されています。例えば象牙。丈夫な先端部に対して、牙の根元へ近づく程、粗くなるんです。質がだいぶ違っても素材名は「象牙」と一括りとされますから、説明はしっかりと行ないます。そうすると、お客様も「そんな違いがあるんですね。知りませんでした」と納得くださる。価格が圧倒的に安くとも、一方的に得なケースというのは滅多に存在しません。ですがネット上だと、ただ安い粗悪な品に人気が集まってしまうことも多々。そこはこの業界の人間として、正直、ジレンマを感じますし、納得がいかない部分でもありますね。
彫刻する際の技術と共に、素材の善し悪しは、お客様の満足に直結する重要な要素ですから、素材にはやはりこだわり抜きます。取引先の問屋さんに足を運んでもらい、数量豊富な素材を一つひとつ細かく吟味。目利きで大切なのは、この仕事そのものの経験と同時に、自ら手彫りの作業を日々行なっていることです。そこは本当に重要なポイントだと、目利きするたびに強く実感しています。
選ぶ際のポイントを一つお教えしましょう。陸牛のツノを素材とするものは、全体が白のものが美しいとされ高価。斑(ぶち)が入った色混材は値が下がります。ただ、黒や茶の斑があっても、その入り方によっては、むしろ味となって美しいものも多く存在するんですね。もちろん見た目の好き嫌いもあるでしょうが、気に入ったものであれば、純白のものより価格もぐっと下がりますし、本当にお得感があるので、私としてもお客様にお勧めすることが多いですね。そういうことも、実際、商品を前にして、専門家から聞かないとわからないこと。だからこそ私たちは、お客様へのご説明を、非常に大切にしています。