印章、つまりハンコが持つ意味とは、簡単に言えば「約束を表すもの」です。自分が分身であると認めた時点で、意味合いの大小に限らず、約束を証明するものとなります。宅急便でも、その人物しか持っていないはずのハンコが押されていれば、たとえ後で「まだ渡されていない」と主張しても、認められることはないでしょう。
その重要な点を理解していただいたうえで「ならば、どのようなハンコを選び、持つべきか」を、皆さんには真剣に考えてもらいたいというのが、私の偽らざる本音です。自身の分身として大事な場面で使うものが、型で抜いたような100円の認め印で果たして安心できますか?ということ。また、家族であっても、共有して使うのではなく、一人ひとりが個人的な約束事の証として認識してもらえれば、大切さや重みも、自然とご理解いただけるはずだと考えます。
もともとハンコとは、道具に文字を刻むことで意味を伝えたり、所有を主張したりということが、文化の発祥原点。その流れの中で「約束を表すもの」として使われてきました。歴史上、日本最古とされるのは、卑弥呼が存在していた頃に中国から贈られたとされる金印(きんいん)です。時代が移り、織田信長や武田信玄などの戦国武将が、自軍の勢力を明らかにする意味で使用していたということは、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
一般の人々にも浸透したのは、明治時代、実印制度ができてから。もちろん、それ以前にも所有を示す認め印的なものや、芸術作品などに示す落款印はありましたが、実印や銀行印として使用する制度ができたことで、崩れやすい石ではなく、もっと堅い素材となり、一生涯使えるようになったのが、この時代です。
一般の人々がハンコを使用するようになった初期は、当然ながら彫刻するための機械などありませんから、職人全体としての技術レベルは相当に高かったでしょう。徒弟制度により、修業した職人が独立し、全国各地へと移り活躍しました。当時の印章彫刻は行政にしっかりと守られていた商売。都心部のみならず田舎でも必ず需要があるため、満遍なく広がっていった背景が存在したのです。
余談になるかもしれませんが、せっかくですから現在の機械化についての話もしましょう。機械化初期は、歯医者さんが治療で使っていた「ペンシル型」のものが登場しました。手に持って削る機械です。次に、フィルムに版下を書いて、光を当てることで針が作動する「光電式」。しかしこれらは、手彫りの技術を学んだ者にとっては、却ってまだるっこしい機械ではありました。とはいえ、職人さんでなくても使える仕組みではあったという点で、画期的な発明には違いありません。
それから、だいぶ進化して登場したのが、現在の主流であるコンピュータ制御の業務用彫刻機です。スタンプナメカワでも、かなり早い段階で導入しましたが、やがて業界外部から多く人間が参入し、手彫りの技術を持つ職人が排除される結果にも繋がった機械ではありますね。